
Story 06
石川達也 さん【後編】
日本酒造杜氏組合連合会会長 / 広島杜氏組合長

前半の対談で、杜氏・石川達也さんは伝統について古ければいいというものでなく、江戸時代中期に完成した生酛造りこそが、伝統的酒造りの大切な原点だととらえている、という話を聞いた。長い歴史を紐解きながら、伝統的酒造りを誰よりも熱心に研究してきた達也さんの視点は、やはり興味深いものだった。
後半は、多くの酒蔵が抱える課題でもあり、伝統の継承という観点からも欠かせない人材についての話、杜氏とは、ということについて聞いてみた。
絶対がないからこそ、絶対的存在が必要

石井
最近は専門的蔵人の季節雇用をやめて社員醸造を行う蔵が増えています。賀茂鶴酒造でもコロナ禍を機に、社員醸造と一部通いの蔵人さんそして派遣さんに切り替えたのですが、2023年から2024年にかけての冬、中須賀杜氏の四号蔵のほか、八号蔵、二号蔵の作業にも立ち会ってみて、いよいよ「背中をみて覚える・覚えろ」だけの世界では蔵内のコミュニケーションや技術の継承に通用しなくなってきたなっと痛感しました。
さて、これから杜氏ってどういう存在になっていくのだろうと。どうやって若い社員のみんなに酒造りを伝えていったらいいんだろうか、と考えています。
石川 そもそも酒を造るとは、というところからお話しすると、酒を「つくる」という漢字は「作」じゃなくて「造」ですよね。「造」という漢字が神の領域だとして、「作」は人間の領域だとされています。 今の酒造りって、酒質設計をして、温度や環境をコントロールして、自分の思う味や香りへ持っていくという「作品」になってしまっているけど、本来は字が表すように、酒は「造」の世界で生み出される「授かりもの」という意識で造るべきだと思っていて、じゃあその中で杜氏が何をするのかっていうと、あるもの全てを「生かす」。別の言い方をすれば、そこにある原料や微生物、人など全てのものが最大限の力を発揮できるよう、その「方向」と「レベル」を示すのが杜氏だと思っています。

石井 人も含めて「生かす」っていうことを、杜氏がやらないといけない、ということですね。ただ社員で構成されたチームで酒を造る場合、その中には杜氏を目指しているものもいれば、たまたま醸造部に配属されたというものもいる。そういう資質もモチベーションもバラバラのメンバーをそれぞれ生かしながら、チームをまとめるのはなかなか難儀なことですよね。達也さんはいまも専門的蔵人さんを組織するやり方の杜氏さんですが、いかがですか。
石川 もともと杜氏って、組織の中で「絶対的存在」なんです。杜氏の言うことは、おかしいと思っても聞かないといけないっていうのが、昔からの不文律としてある。なんで「絶対」かというと、酒造りって、お米洗って蒸して、麹を造って、酛たてて、醪(もろみ)を仕込んで発酵させてっていう枠さえ守っていれば、どういうやり方で造ったっていいんです。これが正解、絶対っていうものがない。ないからこそ、蔵には「絶対的存在」が必要なんです。
方向は年によって違うかもしれないし、示すレベルも人によって変えたっていいんです。新人にいきなり高いレベルを求めても無理な話で、そういう場合は「じゃ、まずここから始めてみようか」ってすればいい。
私が蔵人たちに言うのは「自分を殺せ」っていうこと。「殺す」っていうのは、「息を殺す」といった使い方のように、消すとか、なくすとか、無我っていうこと。中には「自分を殺したら自分がなくなってしまうじゃないですか」って言う子もいますよ。だって彼らは「自分を大事にしなさい」とか「自分の意見を持ちなさい」って育てられてますからね。
もちろんそれ自体は悪くないんですよ。でも例えばサッカーやラグビーでも、チームとして戦う時は、チームのためにパフォーマンスをするんであって、自分が目立つためにプレーするんじゃない。それは酒造りも同じなんです。
石井 でも「杜氏の言うことは絶対」「自分を殺せ」っていうのは、私たちの世代には理解できるかもしれないけど、若い世代の人たちにとってはなかなか理不尽な話でしょうね。
石川 そうでしょうね。でもじゃあ杜氏になったら自分を出せるのかっていったらそうじゃない。杜氏こそ自分を殺さないといけないんです。与えられたお米とか水とか人を、最大限生かしたらこうなるっていう酒造りを目指す時に「自分はこうしたい」「こういう酒を造りたい」と、そこに“自分”が入る余地はないんです。船を指揮する船長が「あそこの港が景色がいいから予定の航路を変えてちょっと寄り道しようか」にはならないでしょう。うちは杜氏を目指すものだけ採用してますから、杜氏を目指すのであれば、下っ端の時からその訓練をしなくちゃいけないよ、ということを伝えています。
石井 なるほど。社員醸造の蔵の場合はまた少し違ったアプローチを考えないといけないかもしれませんが、チームでものづくりをするっていうことは、そういう側面がありますよね。それも含めて、伝統の継承ということを考えた時、杜氏のあり方、人を育てるということについては、これからも大きな課題として考えていくことになりそうです。
人を育てれば、歴史は続いていく

石川 我々の世界には大杜氏(だいとうじ)と名杜氏(めいとうじ)という言葉があって、名杜氏っていうのは腕の良い、評判になるような酒を造る杜氏。大杜氏っていうのは弟子を育てた人のこと。今の業界は名杜氏の方が多いかもしれないけど、我々の世界においては名杜氏よりも大杜氏の方が格が上です。

だって、名杜氏っていわれる期間なんて、いくら頑張ったところで何十年かしかない。酒造りの長い歴史において何十年かなんて点みたいなもんです。でも人を育てて、ちゃんと伝えていくことがもしできたら、その点が線や面になってずっと続いていくわけです。
私の師匠は全く無名で生酛も山廃※8 もやったことがない人でした。でも私ともう一人別の弟子がいたんですが、二人とも今、まあまあ真っ当な生酛をやってるんです。それって面白いと思いませんか?
※8 山廃酛…乳酸菌を育成する生酛系酒母の製法。明治期に生酛造りから変化した。乳酸菌を増殖させ、乳酸菌の生成する乳酸によって雑菌の汚染を防ぐ酵母培養法。酒母用タンクに水、酒母麹を投入し、麹の供給する酵素を水中に溶出させる(水麹)。その後、酒母米を投入。硝酸還元菌と乳酸菌が繁殖を始めると不要な微生物は淘汰される。酵母の増殖を図るため、酒母内を混ぜ合わせたり、状況に応じて加温、冷却を行う。硝酸還元菌と乳酸菌の作用を利用する生酛で行う酛摺り(山卸し)を廃止した製法である。この酒母は約四~五週間で製造される。
石井 そうか、達也さんは師匠さんから生酛を習ったわけじゃないんですよね。
石川 私が生酛造りを初めてやったのが平成16年ですけど、当時はまだ酵母無添加っていう言葉すらなくて、当然、培養酵母をいれるもんだと思って、なんのためらいもなく入れたんです。そしたら入れた瞬間に「あ、余計なことをした」って、「生酛の世界の調和を乱してしまった」って感じたんです。
石井 生酛造りはその時が初めての挑戦だったんですね?
石川 そう、初めてだったにも関わらず「何か違う」と気づくことができた。それは、師匠だったおやっつぁんに、酒造りに対する姿勢とか、根本的なことを叩き込まれていたからだと思ったんです。だから2本目はもう酵母は入れないと決めて、入れなかった。もしそれで湧いてきたらそれこそが本来の姿だし、ダメだったらそれまでだと。そしたら本当に湧いてきて、その時は感動しましたよ。

石川 数年前、おやっつぁんが20年くらい前に造った酒を飲んだんですが、「うわ、やっぱりすげえ!」って、うちのめされました。うちのかみさんも一口飲ませてくれっていうから一緒に飲んだんですが、「あなたがお師匠様の足元にも及ばないってことがよくわかりました」って言ってました(笑)。でもね、「足元にも及ばない」って言われた時、悔しいとか、腹が立つじゃなくって、嬉しかったんですよ。「そうだろう、師匠はすげえんだよ」って。
世間的にはあんまり知られてなかったし、名杜氏とは呼ばれてなかったけど、おやっつぁんは間違いなく、大杜氏だったと思います。
今だって、「おやっつぁんだったらどう考えるかな」とか、「こういうやり方やったらおやっつぁんは気に入るかな」「多分こんなことやったら怒るな」とか考えますよ。いつまでたってもおやっつぁんが自分の中にいるんです。
それにまだ生酛造りのすべてがわかっているわけじゃないから、日々酒に向き合いながら、自分なりの理解を深めようと努力を続けています。その作業ってトンネルを掘り進めることに似てると思っていて、トンネルって掘っている時はあとどれだけ掘れば終わるのかわからないけど、掘って掘って、そしたらある瞬間、光がパッと差し込んで、ああここが終わりだったんだとわかる。
光を見つけられるか、ゴールがあるのかどうかすらわからない。でも掘り続けたものにしか、光って見つけられないんです。きっと、そういうもんなんですよね。

対談を終えて
伝統的酒造りとは?そもそも伝統とは何なのか?それぞれの蔵にとっての伝統とは?すぐには答えにたどり着けそうもない問いを、ひたすら考え続けた濃厚な時間だった。
移ろいゆくものと、残り続けるもの。その狭間で私たちは伝統をどう捉え、どう継承していけばいいのか。達也さんの言う通り、ひたすら考えるしかない。考えながら、辿り着くかどうかわからないトンネルのゴールを目指して、掘り続けることがきっと大事なのだろう。もしかしたらそうして考える姿勢を続けることこそが、伝統そして伝統の継承なのかもしれない。
酒場編へ続く...(4月1日公開予定)

石川 達也 杜氏
- 1964年広島県西条生まれ。広島杜氏組合長。日本酒造杜氏組合連合会会長。
- 日本の伝統的なこうじ菌を使った酒造り技術の保存会副会長。大学在学中より埼玉県の神亀酒造にて修業をはじめる。
- 1994年に広島県の竹鶴酒造に入り、1996酒造年度から2019酒造年度まで杜氏をつとめる。
- 伝統的な技法(特に、酵母無添加の生酛や蓋麹法)の造り手として知られ、杜氏としては初の文化庁長官表彰(2020年度)を受ける。
- 2020年冬より月の井酒造店の杜氏となる。
- ※賀茂鶴酒造 八号蔵で話しを伺いました。