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Story 05 東広島市酒米栽培推進協議会

東広島市酒米栽培推進協議会

今回の旅もさらに酒米農家の現場を追うことにした。行き先は、東広島市唯一の酒米団地「東広島市酒米栽培推進協議会※」がある、造賀(ぞうか)という地区だ。

※東広島市酒米栽培推進協議会の会員は9つの農業法人と21軒の農家で構成されている。

東広島市酒米栽培推進協議会 写真
写真)賀茂鶴酒造から造賀まで車で20分ほどもあれば着く。短いドライブだ。

造賀は湯船山と大谷山の麓にあって、標高350mほどの高原盆地に位置し、古くから稲作が盛んな地域だ。

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写真)東広島市酒米栽培推進協議会に加入する農事組合法人「ファーム・イースト造賀」の事務所を訪ねると、代表理事を務める友保照規さんが、なんとも温かい笑顔で出迎えてくれた。

実はこの日、東広島市酒米栽培推進協議会の組合員である農事組合法人「ファーム・イースト造賀」では「酒蔵体験ツアー」が行われることになっていた。

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「酒蔵体験ツアー」とは、賀茂鶴酒造がJALと東広島DMOと企画し、2023年から始めた年3回のツアーで、日本酒造りの工程を実際の現場で体験できるというもの。その中の田植えと稲刈り体験のプログラムにご協力いただいている。

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「酒蔵体験ツアー」用の田んぼに案内いただくと、すぐ横のスペースがきれいに整地され、そこに机や椅子、ホワイトボードが用意されていた。聞くと、この体験ツアーを行うにあたって、友保さんの計らいで準備いただいたのだという。なんともありがたい。

そして開始の時間。拍手に迎えられ、ツナギにキャップ姿の友保さんが登場。ジョークも交えながら、酒米についてレクチャー。参加者の皆さんからかなり専門的な質問も上がり、それに1つずつ友保さんが丁寧に答えていく。皆さんの日本酒への愛情をしみじみと感じながら、その様子を視察させてもらった。

東広島市酒米栽培推進協議会 写真 東広島市酒米栽培推進協議会 写真
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写真)農家さんの説明を受けた後、田んぼに入り線を引いたり稲を植える皆さん。「見るのとやるのとでは大違い」と悪戦苦闘しながら、笑顔があふれていた。

ところで、この体験ツアーで皆さんに植えていただいた稲は「山田錦」という品種の酒米だ。「酒米の王様」ともいわれ、多くの日本酒で使われている酒米なので、日本酒に少しでも興味をお持ちの方なら聞いたことがあるだろう。

今では「造賀といえば山田錦」と蔵元の間でも認知されているが、実は造賀の酒米栽培の歴史は浅い。本格的な取り組みを始めたのは平成元年(1989年)からで、山田錦の栽培に至っては平成10年(1999年)頃からだという。

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写真)我々が訪れると聞き、東広島市酒米栽培推進協議会前代表理事の腰本義文さんも事務所に駆けつけてくれた。

「造賀は昔から稲作の盛んな地域でしたが作っとるのは食用の米だけでした。当時はまだ主食用の米の値段もよかったし、売れておったんですが、ある時、東広島市の関係者と話をする中で、『西条には酒蔵がたくさんあるのに、なんで東広島で酒米を作らんのんじゃろうか』という話になって、そりゃそうじゃのということで、酒米を東広島の特産品にしようと酒米栽培に取り組むことになったんです」

そう話すのは、酒米栽培では後発組だった造賀を「山田錦の里」といわれるまでにした立役者の腰本義文さんだ。しかし腰本さんによると、最初から「山田錦」だったわけではないらしい。

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「最初に目をつけたのは『雄町(おまち)』という品種でした。吟醸酒などによく使われる4大酒造好適米の一つで、これならと思ったんですがなかなか需要が伸びず、これを柱にするのは難しいということになり、平成10年頃、『山田錦』の栽培に切り替えました」

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しかし、すでに兵庫産の山田錦が絶対的な地位を築いていたこともあり、栽培当初は苦労も多かったようだ。

「初めは種もみを入手するのにも苦労しました。蔵元さんに話を持っていっても『山田錦は兵庫が本家。山のもんとも海のもんとも分からんもんは使えん』と言われてガックリしたこともありました」

しかし、ここからが大阪で営業力を鍛えたという腰本さんの真骨頂だ。
「いろいろ聞きましたら、粒張りがいい米よりも少々筋があっても低タンパクの米を作ってくれということで、そのためにどうしたらええかと、県の研究機関の方や酒造会社、精米機器メーカーの方など、いろんな方に現地に来ていただいて、勉強させてもらいました。それから毎年、酒米栽培の先進地の視察に農家さんとバスを貸し切って行きましたし、研修や技術講習会も頻繁に行って、これは今も年に3回、4回は開いとります。JAさんと協力して『ひろしま山田錦 栽培ごよみ』というのを作って、土づくりから田植時期、裁植密度、水管理、施肥等にいたるまで細かく決めとります。それから…」

コンコンと湧き出す泉水のように、想いが溢れ出てくる。

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写真)国道375号沿いにある看板「山田錦の里」看板。選ばれる山田錦を目指し、外部に向けてPRする腰本さんのアイデア。

「造賀の農家さんは非常に熱心です。おかげさまで、年々、収量も増えまして、品質においても県食品工業技術センターの比較分析検査によると、造賀の山田錦は低タンパクで米粒も大きい。兵庫産にも負けとらんと証明されました」
腰本さんは自信たっぷりに、そして誇らしげにそう言った。

現在は「山田錦」に加え、県などが開発した暑さに強い新品種の酒米「萌(も)えいぶき」の栽培にも着手している。

「『他県は新しい酒米がパンパン出てきよるのに、広島も新しい品種をつくらんと!』と、何度も(東広島市)市長さんのところに陳情にいきましてね。やっとここまで漕ぎ着けました。平平淡々とやっとったんじゃ、芽が出んのです。ここ!という時に踏ん張る。そうするとね、いいことがあるんですね」

東広島で酒米栽培を始めて約40年。積み重ねてきた努力と苦労が、今、実りつつある。

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写真)今年は計約80ヘクタールの水田で「山田錦」と「萌えいぶき」がすくすく育っている。
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写真)令和6年西条酒造協会より腰本さんに感謝状が贈られた。

腰本さんのお話をひとしきり聞いた後、せっかくだからと、(農)ファーム・イースト造賀の圃場を見せていただくことにした。

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写真)(農)ファーム・イースト造賀の圃場まで車で移動。
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青空の下、陽の光を浴びた田んぼの水面がキラキラと光を放ち、時折吹く風が緑の稲を揺らす。そんなのどかな景色を眺めているうちに、なんだかおにぎりが食べたくなった。

「酒蔵体験ツアーに「田んぼでおにぎりを食べる」プログラムを追加したらどうだろう」なんて思いつきを話してみる。すると「昔はね、作業の合間に畦道に座っておにぎりやら食べてましたよ」と教えてくれたのは、代表理事の友保さんだ。

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友保さんは国土交通省に勤めていたという経歴の持ち主。後継として実家の農家を継ぐことを考えて、地元企業にUターンしたが、2002年に法人(「(農)ファーム・イースト造賀」)ができたおかげで状況は一変した。

「法人が田んぼのことは全部やってくれることになったんです。だから結局、定年までサラリーマンを続けることができました。ありがたかったですよ。私自身は農業のことは詳しくないんですが、ここの代表は恩返しのつもりで引き受けたんです」「そしてふるさとを守っていきたい」

謙遜する友保さんだが、この日の酒蔵体験ツアーもそつなく仕切り、5月に賀茂鶴で実施した西条にじいろ保育園の園児たちとの田植え体験では、子どもたちとの交流を楽しみながら、田植えの手ほどきなどもしてくださった。

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写真)「サラリーマン時代はずっと管理部門だったので、人と触れ合えるイベントは楽しい」と、園児との田植え体験を楽しむ友保さん。

東広島市酒米栽培推進協議会の皆さんには、同じ東広島市で酒造りに携わる同志として、いずれも初年度からご協力いただいている。協議会としてもこうしたいろいろな人びととの絆は大切に思っており、これから増やしていきたいと考えているらしい。

「(農)ファーム・イースト造賀でも収穫感謝祭を開いて、消費者の皆さんにここに来ていただくんです。コロナ禍の前は500人もの人が来てくれたこともあります。そのうちの300人くらいの方が今も毎年、うちのお米を購入してくださるんですよ。私たちも直接お話が聞けるのは励みになりますしね」と、友保さん。

賀茂鶴が、西条にじいろ保育園の田植え・稲刈り体験を始めたのも、ただ話題づくりのためではない。子どもたちが大人になった時に思い出す故郷の原風景に、酒蔵の景色があるようにという願い。そして日本酒文化を未来へつなぐための種まきだ。

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次の世代を育てる努力をしないと、大事に繋いでいた日本のものづくり文化の存立自体が危うい、という危機感。それはきっと、腰本さん、友保さんをはじめとする農家の皆さんも感じていることだろう。

「これからは生産者も未来に繋ぐためのファンづくりということをしていかないと。そのためにするべきことを一つひとつ、丁寧に積み重ねていくだけです」

そう、「急がば、まわれ」だ。

気候変動や人口減少など、生産者を取り巻く環境は年々厳しさを増している。そんな中で高宮、造賀と広島を代表する酒米団地を訪れ、生産者の皆さんの努力とふんばりを見せていただいた。さあ、我々もがんばらねば。
それぞれがそれぞれの場所で取り組むいろいろな種まきが、100年先の未来を潤し、日本のものづくり文化を守ることにつながれば、と心から願う。

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