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Story 03 日本料理 喜多丘

日本料理「喜多丘」へ訪問
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写真)北岡三千男さんは広島県呉市出身。
母方の実家は300年以上の歴史ある網元旅館を営む

11月23日は賀茂鶴酒造前会長の石井泰行、私の父の命日だ。その前日に「日本料理 喜多丘」を訪れることになった。父の死後、北岡さんはカウンターの一席を陰膳で潰している。

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写真)カウンター左端に設けられた父の陰膳

父とは、東京や大阪の料亭で修行していた頃からの仲だと聞いている。

「この店を開くときも、店の設えから道具のことまで親身に相談に乗っていただきました。東京での仕事を終えて帰ってくるといつもうちにいらして、ここに座って、徳利2本ぐらいを、タコが2切れとか、そら豆とか、まあそういったもので飲まれましてね。最後の締めはいつも稲荷寿司でした」

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陰膳には亡き人を偲ぶ意味と、もう一つ、旅人の無事の帰還を祈る意味があるという。そんな話をふと思い出して口にした。「それ言われたらちょっと涙が出てきますね。胸が詰まります」と、口を一文字にきゅっと結んだ。父が亡くなってもう7年になるが、酒も食の世界も、やはり人と人の絆なんだと改めて心に刻む。

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写真)日本料理 喜多丘で飲める酒は賀茂鶴だけ。
特別な限定酒も提供している。

「日本料理 喜多丘」では、すべて料理の調味料に賀茂鶴のお酒を使っている。それはもち米を加えて仕上げた四段仕込の普通酒「白壁の郷」だ。その使用量の多さには営業担当も驚くほどだ。

「相当の量を注文するから、私が調理場で隠れて飲んどるんじゃないかって噂されたこともあるようですが、僕は、お酒がほぼ飲めないですからね(笑)」

北岡さんは、最近でこそ少しは飲むようになったそうだが、以前は本当に1滴も飲めなかった。

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そんな話をしながらも、北岡さんは次々と調理を進めていく。大きなボウルを出し、白壁の郷の一升瓶の栓を開けて瓶を逆さにして、慣れた手つきでぐるぐると回すと、酒がボウルへ豪快に注ぎこまれた。「りんごのコンポート」を作るらしい。

「酒は一升丸ごと使います。そうじゃないと美味しくないんです。あとは希少糖を入れるだけ。それ以外は何も入れません。アクは素材だけじゃなくて、調味料からも出るんですよ」

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「白壁の郷」はもち米を加えて仕上げた四段仕込みのお酒。なぜ料理酒ではなく「白壁の郷」を料理に使うのだろう。

「白壁の郷はアルコールが飛んだ時に、お米の旨み、甘みが出ます。その旨み、甘みが調理する素材の中にぐっと入り込むんです。他の料理酒では味がぜんぜん変わってしまう。テレビの料理番組でレシピを出すと、どうしても「料理酒」という表示になっちゃうけど、本当は『白壁の郷』としてほしい。白壁を使えば少々割高でもそれだけの味になる。絶対に損はないです」

そう言いながら、今度は広島県産の比婆牛の下ごしらえを始めた。脂と赤身のバランスがよいとされる比婆牛を丁度いいサイズにカットして、その表面を丁寧にグリルする。そして大きなボウルに白壁の郷をたっぷり注ぎ、お玉で丁寧に掬っては、肉に何度もかける。

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調理方法や調味料の分量は全部頭に入っているのかと尋ねると、
「酒はこれぐらい入れたらいいだろうかどうだろうかとか、何回かけたらいいだろうかどうだろうかとか、肉はどうやって焼くのがええだろうかとか。それは全部、『感性』ですよ」

なるほど、レシピの分量や回数を覚えることが料理ではない、ということだ。

「肉に対して、私は『お前にすべていい素材を与えとるけえね』という気持ちで料理しとるんです。これで美味くなかったら、お前が悪いんだぞと(笑)」

北岡さんの語りを聞きながら、一度講演のために北岡さんに資料をもらった正月のおせち料理のことを思い出していた。見事な料理には舌を巻いたが、一番驚いたのはそれを作るにあたって北岡さんが描いた、まるで設計図のようなイラストだ。一の膳、二の膳のそれぞれの盛り付けを、この食材はこういう風な形に切って、そうするとこんなふうに綺麗に見えるというところまで緻密に描かれていた。それはまさしく北岡さんの感性を証明するものに他ならない。

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北岡さんは1974年に「日本料理 喜多丘」を創業して以来、約50年の間、ほぼ一人で店ののれんを守ってきた。華やかなイメージとは裏腹に、身体的にも精神的にも厳しい生業であることは間違いない。長きにわたって一線であり続けられるのは、北岡さんの料理にかける情熱と、飽くなき探求心の賜物に他ならない。

「私には料理しかないんです。仕事も趣味も料理。本屋に行っても、料理の絵や写真が載っている本を探し、どこかに料理の記事が載っているかもと全社分の新聞を購読している」と北岡さん。小学校での食育でも必ずこう話すのだという。

「人生で大事なことは、1個でいいから好きなことをやり続けること。やり続けていれば、どこかで花が開いてきます。そうすると自分の人生が楽しくなります。私はそれが料理だったんです」

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写真)『ラ・リスト』2020年版に広島では「日本料理 喜多丘」が選ばれた

これまで2013年、2018年にミシュラン1つ星を獲得したほか、フランスのレストランガイド『ゴ・エ・ミヨ2020』では3トック(帽子)を獲得、世界の傑出したレストラン1000店を選ぶ『ラ・リスト』2020年版にも広島の飲食店として選ばれた。

『ラ・リスト』の事務局はフランス外務省(ちなみに委員長はフランス大統領)。選出には、北岡さんが正統派の和食文化を守り続けるために、子どもたちの食育活動や若手料理人の育成にも注力しているという社会貢献度の高さも評価されたと聞く。

「食育に取り組むのも、テレビ番組や新聞で料理コーナーを引き受けるのも、地元の食材を使った簡単な料理を伝えることで、地元の食材に興味を持ち、料理を楽しみ、美味しく食べて欲しいから。店でも、庄原市高野町のリンゴ、呉市のキャベツ「広甘藍」、府中の赤チシャなど、私が一番と思う広島の食材を使って、調味料に広島のお酒を使う。そうして日本の、広島の食文化を守ることが大切なんだ、と教えてくれたのは石井前会長です」

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写真)ステーキの仕上げに使った「淡雪塩」。
ひらひらと雪のように舞い、食材を彩る。
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訪れた私たちに、先ほど焼き上がった牛ステーキを1切れずつふるまってくれた。味付けは焼き上げる途中でたっぷりかけた「白壁の郷」と、最後にひとふりした「淡雪塩」の塩分のみ。「淡雪塩」は米粉と塩をプレスしたふわふわとした塩で、口に入れるとふっと溶けてなくなる食感も楽しめる。肉は大トロのように柔らかく、脂の甘みが口の中でジュワッと広がる。熱燗とも合いそうだ。

「ああ、美味しいですねえ」としみじみ言うと、
「前会長や奥様、佐々木久子さん(雑誌『酒』の編集長)に鍛えていただきました。『やっと酒が飲める料理が作れるようになったね』と言ってもらったのは、晩年になってからのことです。あの年代の皆さんはほんまのことを言いますからね。厳しいこともたくさん言われましたけど、今になってそのありがたさがよくわかるんです」

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写真)一番弟子の河村弘隆さん
北岡さんが次に何をするかを先読みし、厨房を縦横に動き回る

私たちが北岡さんにいろんな話を聞いている間、厨房の奥では一番弟子の河村弘隆さんが手際よく開店準備を進めていた。北岡さんも今年76歳。「そろそろ店の後継のことも考えているのでは?」と、不躾な質問をぶつけてみた。

「まあ、そうですね。考えとります」と、河村さんの方をちらっと見た。言葉にしなくとも、阿吽の呼吸で調理を進める二人を見ていれば、思いは伝わってくる。将来の喜多丘も楽しみだ。

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微笑ましく二人を眺めていると、店の電話が鳴り響いた。そろそろ、お暇しなくては。お礼を告げて、店を後にする。表に出ると、晩秋らしく、ひんやりした空気を頬に感じた。いい一日だった。

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おすすめの賀茂鶴

喜多丘のお料理にも使用されている賀茂鶴のお酒。

特製ゴールド賀茂鶴
伝統の四段仕込 お燗酒に最適な味わい 
濃醇旨口 
白壁の郷
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